前向きニュース (2017年12月8日)


『10人のピース』

朝の戸田橋の寒さとは打って変わった暖かい陽だまりの中、城北公園の片隅で、涙を見せまいとサングラスをかけたままの監督が選手達に話しかけている。
区民大会準決勝、志村秋季大会準々決勝、2つの激戦を戦い抜いた選手達を、降り注ぐ日差しが優しく包み込んでいた。
志村準々決勝、0対0の2回の表、二死1,2塁のチャンスで打席はカンタ。
午前中の試合、慣れないサードの守備でエラーをし、相手に得点を許した悔しさに期するものがあった。
悔しさをぶつけるように強振した打球は左中間を抜け、2塁ランナーが帰り、続けて1塁ランナーも帰ってきた。
2点タイムリー!
本日9イニング目でやっと点がとれた。
2塁を回ったところで足を滑らせたカンタはそのまま挟まれタッチアウト。
しかし、ベンチに戻ってくるカンタをみんなが拍手と笑顔で迎えた。
アツヒロと抱き合って喜ぶカンタの目には光るものがあった。
その横で静かに佇む水原コーチもまた目を潤ませていた。

チームに入ってきた時からいつも声を出し、他の選手を褒め、一生懸命やっているカンタは、良くも悪くも大事な役割を果たす。
内野5人は決まっている。6人目を誰がやるか、ずっと試行錯誤する中でカンタが定着した。打順も下位打線のトップバッター7番。期待もあるし不安もある。そんな中間にいるような存在としてよく叱られていたが、7番セカンドはカンタにふさわしいポジションになった。

カンタと抱き合っていたアツヒロは、午前の試合、レフトフライを1つ捕った。何でもないフライではあるが、準決勝の緊張感の中でちゃんと捕れたことは成長の証だ。

アツヒロがチームに入って来たのは6年生になってからだった。今まで見たことのないような人懐っこさであっという間にコーチ達も含めた人気者になった。
試合に出るか出ないか微妙な位置にいる。先週の試合でスパイクを忘れて試合に出してもらえなかったことに何か感じたんだろうか。今日は緊張感のあるいい表情をしている。
人の話なんて聞いてなさそうだけど、案外色んなところ見て、空気を感じるタイプだから、今日の大事さをちゃんと受け止めていたのだろう。
アツヒロが入ってくれたおかげで6年生は9人になった。ありがたい存在だ。

先制して気合が入る。
キャッチャーセイダイが大きな声でチームを鼓舞する。
試合経過に左右されたり、気持ちにムラのあったセイダイが声変わりもして、とても落ち着いた。
キャッチャーは扇の要に例えられるが、まさにそんな存在感を放っている。

セイダイが最近面白くなくなっていたと大久保コーチが言っていた。
オール板橋に行って違うメンバーと野球をして、フリーズでキャッチャーに定着して、意識が変わった。
さっきの準決勝の試合で負けた時に、目を赤くしていた。
このチームで勝ちたいという思いの強さが溢れたのだろう。
そんな自覚と思いの強さが、面白い奴キャラを封じていたんじゃないかと思う。

この試合先発のチヒロは、午前中の準決勝でも4回から3イニングを投げ1失点に抑えた。
決勝に進むべく全力を尽くし、2人のエースを投入して戦ったその試合から2時間後の試合。
二人とも疲れているし、腕に痛みがあるという。
誰に投げさせるか、悩んだが、タフなチヒロが「行ける」と言った。

2試合目のマウンド。
緩急をつけたいいピッチングだった。
2回裏にエラーも絡んで3点を奪われたが、ここぞというところで三振も取れて、打たれはしたが、相手を呑んでいるようだった。
1点ビハインドの4回表、打席に向かうチヒロに「高め気をつけろよ」と声をかけた。
聞き取れなかったらしくチヒロが聞き返してきた。
こういう時に適当に聞き流す選手、わからないままにしておく選手、色々いるが、チヒロはきちんと聞き返す。
自分がわからないことはちゃんと聞こうとする姿勢はチヒロの良いところだ。

1試合目、区民大会準決勝の先発はショウタロウだった。
夏以降急激に力を付け、安定し、頼れるエースになっている。
キャプテンに選ばれてもビシッとしない姿に、キャプテン交代制が導入されたり、キャッチャーを外されたり、安定感のない姿に監督、コーチも悩んだが、今は立派なエースでキャプテンだ。

チームはよくも悪くもキャプテンの色を映し出す。
その意味でキャプテンショウタロウの姿は、このチームそのものである。

3月のあの日、徳丸球場の外野の奥で僕たちは途方に暮れていた。
同じ小学6年生が野球の試合をして、こんなにも力の差を見せつけられるのか、と。
結構厳しい練習もしている。走り込みで体力もついてきた。それなのにこの差はなんなのか。
「秋になったらエイトに勝てるようなチームにしよう」
強がりのようだが、これが監督、コーチ達の今年の目標になった。

春、エイトに惨敗した時のチームと区民大会堂々3位のチームへの変化は、そのままショウタロウの変化である。
ショウタロウとセイダイ、バッテリーが安定したことでチームに芯ができた。
大きくなった身体を存分に使って低めにビシッと決まる球は、エイトにも通じたと思う。
スピードとコントロール、そして何より勝ち進むことで培ってきた自信がチーム全体を力強くした。

リュウノスケがサードを守っている。
ライン際の強い打球をはじいたりしたが、三遊間のゴロを当たり前のようにさばいていた。
以前は、ショートの前に出ていく、前に出て捕るということがなかなかできなかった。
自分の中で何か掴んだのだろう、怖がらず、遠慮せずに向かっていけるようになった。
時間はかかるがちゃんとやれるようになる。
そう言えばリュウノスケはチームに入るにも時間がかかった。
よく泣いてもいたっけ。
おっかながりのリュウノスケだが、こうして守備の要として、不動のリードオフマンとして大事な存在になっている。
試合後に多くの選手がうつむいている中で、顔を上げて、泣きもせず父である大久保コーチの話をしっかりと見つめながら聞いていた。
その顔つきが兄ちゃんタツマによく似ていた。

準決勝の相手ピッチャーは素晴らしかった。
コントロール、緩急、安定感抜群で抑えられた。
そんなピッチャーからエイシンが見事なセンター前ヒットを打った。
たまたまこの打席だけを見たら、素晴らしい強打者に見えるキレイなフォームでのスイングだった。
エイシンは、投げ方、打ち方共に一見キレイなフォームである。
なんでこれで当たらないんだろう?何人ものコーチが不思議がりながらなんとかしようと色々なアドバイスをした。 エイシンはこちらが教えたくなるような魅力を持っている。
形がいいということは大事なことである、きっと中学でもっと開花することだろう。

点を取っては取られる展開で試合は4対3、1点リードされての5回表の攻撃、先頭打者のコウヤに代打が送られた。 代打だとわかるとすぐにコーチャーズボックスへ。次の役割を心得てちゃんと動ける。

コウヤもまた、いろんなコーチが色々工夫しながらアドバイスしてきた選手だ。
4年生で入ってきたとき、正直いったいどうやってこの子をちゃんと投げられるように、打てるようにしたらいいのだろうか?と大いに悩んだ。
それくらいバラバラな身体の動かし方だった。
でも、こうしてライトを守る先発メンバーとして、毎試合名を連ねている。
以前は、ライトフライを捕っただけでもこちらは感激したし、ストライクでバットを振っただけで褒められた。今は、バックホームが遅いと怒られ、打てなかったらがっかりする。それだけ期待もされるようになっている。
まだまだではあるが、入部した頃との比較という意味では最も成長した選手だと思う。

コウヤの代打サトリがバッターボックスに向かう。
84㎝のバットは長すぎるから80㎝にしろと本家コーチに言われ、慌てて持ち替える。
大きな身体に80㎝のバットが小さく見え、それはそれで迫力が増した。
ファイターズ所属のサトリが助っ人で入ってくれたおかげで、6年生が10人になり、こうして代打を出すという選択肢が生まれた。
空振りが多いのは否めないが、芯でとらえたときの打球の速さは恐ろしい。
そんな打球が飛んでいくことを期待して送り出したが、3つ空振りして帰ってきた。
でも、3つ振ってきたのはよかった。
見逃したりすることなく、「ビュンビュン」と音が聞こえて来るような見事な空振りは気持ちよかった。
夏に合宿に誘ったときは躊躇したが、納会に誘ったら嬉しそうに「行きます!」とふたつ返事だった。サトリなりの達成感、このチームへの馴染み感が生まれたのだと思う。

1点差のまま5回裏を迎えた。時間からして攻撃はあと1回。
ここを抑えて、2番から始まる最後の攻撃につなげたい。
しかし、最初のバッターのサードゴロをはじくと流れが相手チームに傾いた。
エラーが絡んで4失点。5点差となった。

こんなとき諦めて生気がなくなるように沈んでいく姿を何度も見た。
またそんなムードになりかけたとき、キャッチャーマスクを拾って定位置に戻ろうとするセイダイに監督が檄を飛ばした。
「お前が引っ張れ!」
返事はない。
ベンチに背中を向けたまま、キャッチャーのポジションに戻るセイダイ。
そして自分を落ち着かせるように大きく息を吸い込み、
「声出していけよー!」
大きな声が響いた。

以前のセイダイならここで諦めて、ふてくされていただろうが今は違う。
自分を抑えて、監督の言うことを背中で受け止めて、大きな声でチームに活を入れている。
親父である監督と一緒に野球に打ち込んだこの1年をいい加減には終わらせない、そんな気持ちが表れていた。

6回の表8対3とリードされて2アウト、打順は4番ケイスケ。
最後まで声援を送るベンチの声を背に、打った打球はショートゴロとなった。

ゲームセット。

ケイスケの最後の打席のスコアを記入すると吉野コーチが静かにスコアブックを閉じた。
ベンチみんなの力が抜けた。
朝6時半に集合してから2試合、長い一日が終わった。
そして、6年生の小学生での最後の試合が幕を閉じた。

最後のバッターとなったケイスケはこの6年生の最初の選手でもある。
お兄ちゃんの後をついて1年生の時からフリーズにいる。
お兄ちゃんに似て、小さい頃からバッティングセンスは良かった。
それだけでなく、親父からの熱い叱咤激励、怒りの熱弁を見事に聞き流す姿もまたよく似ていて、兄弟秘伝の技と言ってもいい。
そんなケイスケは怪我に苦しんだ。
いつも淡々としてポーカーフェイスだから一見わかりにくいが、さぞ悔しかっただろう。
ケイスケが本調子だったら優勝できたかなとも思う。
親父と二人三脚、いつも一緒にキャッチボールをし、熱い叱咤激励を聞き流し、二人一緒にこのチームになくてはならない存在になっていた。
転勤で高松に行った親父も毎週のように帰ってきて、ケイスケを応援し続けた。
試合後のミーティングのあと、コーチ同士で労いの握手をしているとケイスケが入ってきて、コーチたちと握手を始めた。
それがケイスケらしい感謝の表現のようで、僕は素直に嬉しかった。
帰り際、親父と二人で記念写真に収まる姿がまた微笑ましかった。仲の良い親子である。

試合後、選手たちを包んでいたのは暖かい日差しだけではなかった。
監督が1年戦ってきた思いと成長の喜びと感謝を涙を隠しながら語り、大久保コーチは選手一人一人に順番に話しかけた。
吉野コーチはグッとくる思いを抑えるように淡々と話をし、水原コーチはこみあげるものを抑えきれず、声を詰まらせながら健闘を讃えた。
本家コーチが言う「君達は中学でも高校でももっとうまくなる、硬いボールでやりたければこれから3カ月俺が付き合う」

負けた悔しさ、終わってしまう寂しさ、やり切った満足感、これからの期待、いろんな思いを言葉に乗せて、気持ちを伝えた。
そんな選手たちとコーチ達の姿をお母さん方がやさしく見守りながら、暖かく包んでいた。

大会に出られる野球チームの最小単位は10人。
誰が抜けても試合はできない。
だから余裕はないけれど、それぞれにみんな大切な存在だ。
初め足りなかったピースが揃い始め10人となり、この10人のピースをどう組み合わせてチームを完成させるか、監督、コーチ達は試行錯誤の連続だった。

6年生最後の試合は力を出し切れずに終わることが多い。何か消化不良感が残るのがいつものことだ。
だが、今年は違った。
悔しさはあるが、どこかやり切った感もある。
それは、この限られたピースを組み合わせてやっとチームとして完成させた達成感かも知れない。

最後に集合写真を撮ろうということになって、みんなが並ぶ。
「アンディ」の掛け声にみんなが笑顔になる。

アンディ

最後の試合後にこんな風に集合写真を撮ったことがあっただろうか。
そこにいたみんなを結ぶ何かがこの瞬間を残したいという気持ちにさせたのだろう。

少し傾きかけた太陽が、フリーズみんなの笑顔を輝かしていた。

12月のこんな時期まで野球を楽しませてくれて、ありがとう。

アンディ


池谷