前向きニュース (2011年11月27日)


『緊張感』

3回表、2アウトながら同点に追いつかれて尚ランナー2塁の場面でタイムをとってマウンドに向かった。
内野手が集まる。
「おい、緊張してるか?」と聞くと、
「してません!」
元気に答えたのはトモヤとケンタだった。
「そうか、同点になっちゃって、何か決勝戦らしくてワクワクしちゃうよな」
と言ったら、皆んな嬉しそうに頷いた。
「よし、あと1つアウト取るから、バッター勝負な」
そう言ってベンチに戻った。

決勝戦、今日は緊張し過ぎないことが大事なテーマだった。

朝の練習の時から高橋コーチは、緊張しないことの大事さを説いて、ノックの時にも今日は怒らないと言いながら、必死に自分を抑えていた。
その必死さか、緊張感を漂わせていた。

試合前、村主コーチが甘いものが脳を活性化させることをいつもの真面目さで子供達に説きながら、チョコレートを一かけずつ選手に配っていた。
ふと見ると、チョコレートを配る表情が堅い。

吉野コーチは真剣な顔で選手達に「緊張するな」と話し掛けていた。

そんな風にコーチ達が皆んなで緊張しない雰囲気を作ろうと、緊張していた。

この試合、緊張しないで臨めたのはトモヤだ。
1回裏、頼りになる先頭タイキがヒットで出塁したチャンスに見事に左中間に打ち返した。
ライナーで抜けた打球は勢いよく転がり、外野手が追いつけない。
2塁を周り、3塁へと向かう、まだ行ける!そのまま、ホームまで駆け抜けた。
先制2ラン!

あれだけ良い当たりなのに、興奮して走るわけではなく、おっかなびっくり、次で止まろうか、次で止まろうかと打球を何回も確認しながらホームに辿り着く姿がトモヤらしかった。

これで一気に盛り上がった。

トモヤは、オヤジが見てると緊張する。
オヤジが見てないなら、決勝戦のプレッシャー何て大したことないのかも知れない。

同じようにオヤジのプレッシャーがきついタイキは、そこを乗り越えた。
何と言われようが、しっかり仕事をする。そんな決意を秘めた目つきで打席に立つと、先頭打者としてヒットを打って出塁、盗塁も決めて、初回の得点に貢献した。
自分を信じる強さが頼もしい。

リョウタロウもオヤジのプレッシャーが強い。
が、そのプレッシャーの1割位しか本人には届いていない。
いつだって笑顔でいられるから大丈夫だ。
初回のヒットも盗塁を殺したタッチも、天性の技術とその気持ちの柔らかさの賜物だと思う。

オヤジの期待をプレッシャーではなく、力に換えたのがケンスケだ。
上海から駆けつけてくれたオヤジの前で初ヒット。
内野ゴロで1塁にスライディングするハッスルプレーも見せて、今日は輝いていた。
ケンスケは1週間前のバッティング練習の後、一人グランドの後方で泣いていた。
話を聞くと、なかなか打てなくてそれが悲しいという。
その日はちょうど父親が単身上海に旅立った後の練習日だった。
お父さんに良いとこ見せたいと必死に練習したのにうまくいかない、そんな涙に思えた。
そんなオヤジが今日は上海から戻って来ている、喜びに溢れたハッスルぶりが、微笑ましかった。

リュウセイにとってオヤジは良き相談相手のようだ。
優しいお父さんは、リュセイにプレッシャーをかけたりしない。
いつも問いかけるようにリュウセイの気持ちを確認している。
リュウセイはまだそのオヤジの優しさに甘えているようだが、そんな優しさに包まれて、緊張することなく、良い動きをしていた。

意外に緊張していたのは、シバだった。
今日4番に抜擢したシバはプレッシャーを感じたようだ。
練習中の素晴らしいバッティングを期待して起用したが、2三振に終わった。
そんな風にプレッシャーを感じるというのもシバの成長の証だ。
以前なら何も考えずに打てたのに考えるようになって来た。
打てなかったことが悔しかったのだろう、試合後のミーティングで涙を抑えている姿がかわいかった。
いずれ堂々たる4番打者になれる素質十分、この経験を大事にしてほしい。

緊張が強かったシバに替えて守備から出場したタイセイは落ち着いていた。
守備位置に対するベンチからの指示もよく聞こえている。
残念ながら、4番での初安打は出なかったが、出場したことを楽しむかのようなその表情は、うちに秘めた強さを感じさせる。
来年はレギュラーになってほしい。

準決勝まで4番だったハルトは、緊張を和らげようと6番に下げた。
プレッシャーから解放されたハルトは、内野ゴロにヘッドスライディングし、更に決勝点となるヒットを放った。
緊張しなくてよかったな、と思ったら、違った。
ヒットを打った後、尚も追加点のチャンスで2塁にいたハルトは、実は緊張していたようだ。
2塁にいてリードをとったまま立ち止まったり、不用意に塁から離れてみたり、動きが挙動不審になった。
ちょっとトランスしたハルトは、チェンジと共にこっちの世界に戻って来た感じだった。

頼れるエースマサトは、初回3者凡退に抑えて、上々の立ち上がりだった。
でも少し緊張していたのかも知れない、いつもより球が走っていない感じがした。
ボールが先行することも多く、球数が多かった。
塁に出た時、顔が紅くなり、上気している様子が見られた。
いつもはポーカーフェイスなマサトの決勝にかける思いを感じた。

マサトの球を受けるケンタには緊張している様子は見られない。
もしかしたら緊張しているかも知れないが、そう感じさせないのはケンタの良いところだ。
この試合、2塁で盗塁を刺した。
初めてのことだ。
決勝で初めてのプレーを成功させる、試合ごとに成長する姿が頼もしい。

6対3で5回表を迎えていた。
既に試合開始から60分が過ぎた。
決勝はそれまでより10分長く、65分経ったら新しいイニングに入らない。
勝っている時は、時間の使い方も大事な作戦だ。

前の回、トモヤがこの日2本目のホームランを打った。
まるでVTRを見るように1回と同じような打球が左中間を転がる、これまたさっきと同じようにおっかなびっくりトモヤが走り、ホームに辿り着いた。

トモヤと同じように迷いながら3塁コーチャーズボックスで遠慮がちにユウスケが腕を回していた。
この大会ユウスケは試合に出ることは出来なかった。
悔しい気持ちはあるだろうが、ここが自分の役割だと言わんばかりに一生懸命コーチャーを務めていた。
祝勝会で思いがけずこの大会MVPを高橋コーチから贈られ、驚きつつ笑みを浮かべていた。
素直で良い子だ。

ファーストコーチはヒッシー。
ヒッシーもまたこの大会試合に出るチャンスがなかった。
しかし、癒し系のヒッシーがチームを和やかにしてくれた。
学校の違うヒッシーだが、子供達はそんなこと関係なく、友達になるのがいい。
移動の時など、クルマの中での会話を聞いているとそれぞれがどんな関係なのかわかる。
ヒッシーは、話の流れと関係なく突然思いついたアイデアをぶつける。
他の子供達は、ちゃんとそれを引き取って、会話を続けて行く。
祝勝会でユウスケに続いて名前を挙げられたヒッシーは、はにかんで笑っていた。
それに歓声をあげる仲間がいて、とても仲の良い奴らだなと感じる。

5回表の守備。マサトの球数も多くなっている。
できればこの回で終わらせたい、時計を見ながら、次の展開のシミュレーションをしていた。

嫌な1番バッターを塁に出すものの、牽制で誘い出し、練習を重ねたランダウンプレーが決まって、1アウト。
「キャー、あんなのが出来るのね!!」とお母さん方の黄色い(?)歓声が後ろで聞こえる。
何気ないふりしていたが、ちょっと嬉しい。
練習通り、選手達は落ち着いている。

次打者のサードゴロをさばいたハルトが素晴らしい送球で2アウトになった。
時間は65分を回っていた。
あと1つで終わりか?
緊張しながら試合に集中した。

身体の大きな相手バッターを追い込んで、最後、打球はフラフラっと三塁側こちらのベンチ前のファールグランドに上がった。

一瞬の静寂。

そこにいた全員が、ボールとハルトに注目した。

回転のかかった難しい打球が、ハルトのグローブに収まる瞬間を目の前で確認すると、大きな歓声が上がった。

「アウト!」

スリーアウト。
これで終わりか?
時計を見ながらも、油断しない様に次のコールを待った。

「集合!」
主審のコールが響き渡った。
勝った!
「ヤッター!!!!!」
ベンチでだれかれとなくハイタッチし、抱き合った。

緊張感から解放されたコーチ達が皆泣いている。
ベンチ後方でお母さん方が、大騒ぎしていた。

ベンチからショウとシュウが嬉しそうに整列に向かう姿が見えた。
この試合、出場機会がなかったショウは残念だったと思う。
それでも今日はずっとベンチから声援を送っていた。
そして、こうして仲間とともに優勝を喜んでいる。
ショウはポテンシャルは十分だ。
今はまだその恵まれた身体を使い切れていないが、やがて成長と共に使いこなせるようになる。
コントロールのいいショウだから、いずれはバッテリーをやるチャンスもあると思う。
先が楽しみな選手だ。

シュウは、3塁コーチをやりたいと言っていたが、バット引きをしっかりやってくれた。
前日遅刻したのでバッティング練習ができず、明日遅刻しなかったらバッティング練習の順番を初めの方にする、と言ったら、今日は遅刻せずに来た。
以前だったらそんなことは関係なく、起こされたから起きたという感じだったけど、自らの意思でちゃんと起きて来た感じがした。
来年は戦力になってもらいたい。

選手達の試合後の挨拶。
お父さん、お母さんのいる自陣応援席に向かって整列した時の表情が誇らしげで、みんないい顔をしていた。

甲子園の優勝監督が言っていた。
「甲子園で3試合やると選手が試合ごとに成長するのがわかる」と。
甲子園とは比べられないが、この大会4試合、この選手達も試合の度に成長した。

優勝を目標にして、それを達成するという経験はなかなかできるものじゃない。

選手達のそんな素晴らしい活躍に感動の涙を流しているコーチ達の横で僕は意外と冷静だった。
思ったほど興奮しなかったのは、実は何かまだ緊張が解けない感じがあったからだと思う。

帰り道、一人自転車に乗りながら、信号待ちをしている時にすーっと力が抜けた感じがして、実感が込み上げてきた。

「あー、うれしい」

誰に言うともなく声が出た。

緊張から解放されて、力が抜けた。

何だかんだ言って、朝5時前から目が覚めて、ドキドキしながらこの試合に臨んだ俺が一番緊張していたのかな?

苦笑いしながら、嬉しさを噛み締めた。

青になった信号を渡りながら、もう一度声に出してみた。

「あー、うれしいー!」

池谷